明治3年(1870)

  ○ 運上屋を廃して本陣とす。
  ○ 3月 佐藤 仁左衛門 官御用達 郡中年寄を命ぜられる。
     依て米塩噌を始め官総別品売上及悉皆税品まで売捌御委任、該御手当として収税高の内1割5分是を官より賜う。
  ○ 6月8日 「弥吉火事」
     午後12時頃稲穂崎床屋弥吉方より発火し稲穂崎三嶋町堀江町を焼く、焼失戸数 58戸  損害 65,000円 ( 当時全戸数 380戸、消防番屋現大和、御崎十字街、竹内商店附近、警察署、寺屋敷附近 )
  ○ 7月 大谷派 東本願寺 法主 現如上人 北海道巡錫の途次 陸路 雷電越、岩内一泊。
  ○ 8月18日 開拓使 長官 東久世 通禧、函館より北上、岩内の港勢を観、
     茅ノ澗石炭山を検分す。  ( 道  史 )
     当時開拓使は幕府に傭聘されたガールの施設の後を承けて経営したのである。
  ○ 北川 治郎吉 来住